ベルクソン哲学研究会ブログ

過去の発表一覧

ベルクソン哲学研究会 過去の発表一覧


第42回(2018年3月25日(日) 名古屋市立大学 1号館(人文社会学部棟)409教室)

岡嶋隆佑
視覚と空間——メルロ=ポンティによるベルクソン批判をめぐって

長谷川暁人
二つのリズム、二つの言語

平井靖史
過去を「演じる」とはどういうことかーベルクソンにおける学習と記憶

山内翔太
思考はどこから来るのか〜ベルクソンにおける思考の生命論的起源〜

米田翼
創造的進化とはいかなる進化論なのか——『創造的進化』第一章前半の読解を通して——


第41回(2017年9月3日(日)東京大学 本郷キャンパス 法文一号館 115教室)

中原真祐子(東京大学)
ベルクソンの「夢」の議論をめぐって

磯島浩貴(大阪大学)
ベルクソンの直観は真理探求の方法となりうるのか−−ラッセルの直観批判に答える−−

原健一(北海道大学)
なぜ再認は進展でなければいけないのかーー『物質と記憶』第二章における記憶の実在証明


第40回(2017年3月19日(日) 京都大学 吉田キャンパス 文学部校舎二階 第五講義室)

吉野斉志(京都大学)
『持続と同時性』——その意義と問題点

北夏子(茨城工業高等専門学校)
ベルクソン哲学における grâce

山根秀介(舞鶴工業高等専門学校)
ベルクソンのバークリ理解について


第39回(2016年9月9日(金) 学習院大学 南3号館104教室)

佐藤 愛氏(筑波大学)
ウジェーヌ・ ミンコフスキーのベルクソン受容――生への注意と接触の精神病理学

原 健一氏(北海道大学)
『物質と記憶』第一章における哲学の開始――イマージュ論と純粋知覚論の関係について――


第38回(2016年3月20日(日) 京都大学 吉田キャンパス 文学部校舎二階 第六講義室)

山内翔太(京都大学)
ベルクソンにおける存在論的情動論およびその分化について

山根秀介(京都大学)
ウィリアム・ジェイムズとベルクソンの存在論~一と多、部分と全体を巡って~

笠木丈(フランス社会科学高等研究院)
ベルクソン『二源泉』におけるデュルケム受容について


第37回(2015年9月6日(日) 東北大学 川内南キャンパス 文学研究科棟 919号室)

神山薫(西武文理大学)
笑いと社会(仮題)

中原真祐子(東京大学)
ベルクソンにおける「性格」――『笑い』における一般的なものと個体的なもの

村山達也(東北大学)
自由はなぜ定義できないのか

持地秀紀(上智大学)
ベルクソン『創造的進化』における「共感」の概念


第36回(2015年3月22日(日) 龍谷大学 大阪梅田キャンパスセミナールーム)

野瀬彰子(東京大学)
『道徳と宗教の二源泉』第一章における情動の区別について

吉野斉志(京都大学)
持続でもなく空間でもなく ——『アリストテレスの場所論』の位置付け再考——

平井靖史(福岡大学)
持続における非主観的相対性と同時性の諸問題

小関彩子(和歌山大学)
ベルクソンとデュルケムにおける言語の社会性と個人性


第35回(2014年9月14日(日) 相模女子大学 茜館会議室)

山内翔太(京都大学)
「ベルクソンの習慣論 ―図式論からのアプローチ―」

伊東俊彦(相模女子大学)
「ギュルヴィッチのベルクソン論から見るベルクソンの社会論の特質」

谷口薫(四国大学)
「ベルクソン哲学における社会と共同性」


第34回(2014年3月24日(月) 福岡大学 2号館24F教室)

畑山菜々美(福岡大学)
「開く自由と閉じる社会の転形——『二源泉』と『試論』の結合」

小谷純人(早稲田大学)
「ベルクソン哲学における自我と生命 : 自由の主体という視点から」

小林剛(東洋大学)
「『物質と記憶』における知覚論と直観」

清塚明朗(東京大学)
「直観における形式性と実在性」


第33回(2013年9月14日(土) 学習院大学 東別館201教室)

米田翼(大阪大学)
「ベルクソン哲学におけるindividualité」

天野恵美理(京都大学)
「『物質と記憶』における心身問題」

平井靖史(福岡大学)「なぜ世界はもっと善かったかもしれなくないか?──ベルクソンの非弁神論的最善説について」


第32回(2013年3月31日(日) 京都大学 吉田キャンパス本部構内 文学部新館2階 第7講義室

木山裕登(東京大学)
「ベルクソンにおける非概念的な認識の理論」

平井靖史(福岡大学)
「〈感情〉と〈意志〉のあいだ──ベルクソンの時間心理学における凝縮・拡張のダイナミクス」

吉野斉志(京都大学)
「自己による自己の創造か他の創造か? 創造と努力の解明」

合評会
三宅岳史『ベルクソン哲学と科学との対話』(京都大学学術出版会 2012)
三宅岳史 コメンテーター:中村大介 近藤和敬 森元斎

松浦和也(東京大学)
「ベルクソンとアリストテレスの間隙―Quid Aristoteles De Loco Senserit をめぐって―」


第31回(2012年9月29日(土) 東京大学 本郷キャンパス構内 法文2号館2階 哲学研究室

中原真祐子(東京大学)
「『意識に直接与えられたものについての試論』における表現の問題」

新村一宏(早稲田大学)
「ベルクソンにおける神の概念について」

西山晃生(慶應義塾大学)
「身体を信じること—パスカルの賭けとベルクソン—」

土屋靖明(八戸大学)
「ベルクソンにおける<運>と<偶然性>―『二源泉』の記述を中心に―」

根田隆平(明治学院大学)
「夢の喩えをめぐって」


第30回(2012年4月1日(日) 京都大学 吉田キャンパス 南構内 総合人間学部棟1階 1102教室)

天野恵美理(京都大学)
『物質と記憶』における「純粋知覚」の成立と意義について

岡嶋隆佑(慶應義塾大学)
『物質と記憶』の知覚論における「感覚運動メカニスム」の役割

北夏子(筑波大学)
ベルクソンを読むためのスペンサー研究──『第一原理』を中心に──

合評会 永野拓也『ベルクソンにおける知性的認識と実在性』(北樹出版 2011)
永野拓也 コメンテーター:三宅岳史 森元斎


第29回(2011年9月24日(土) 京都大学 吉田キャンパス 南構内 総合人間学部棟1階 1102教室)

山根 秀介 氏(京都大学)「『物質と記憶』における具体的延長 ― 神道的自然観の理解に向けて」

吉野 斉志 氏(愛知県立芸術大学)「『物質と記憶』における自由と功利性の問題」

天野 恵美理 氏(京都大学)「『物質と記憶』における「時間」の成立」

平井 靖史 氏(福岡大学)「ベルクソンにおける様相の時点依存性について」


【震災のため開催順延】第29回(2011年3月26日(日) 福岡大学 A棟 A101教室)

天野 恵美理 氏(京都大学)「Durée n’est pas le temps! ーヴァリアントからの逆照射により『物質 と記憶』の諸問題を解く」

吉野 斉志 氏(愛知県立芸術大学)「『物質と記憶』における功利性と自由の問題」

平井 靖史 氏(福岡大学)「ベルクソンの時間存在論とその諸帰結」


■第28回(2010年9月12日(日) 法政大学 富士見校舎 80年館 7階 丸会議室)

木山裕登(東京大学)「純粋知覚に関わる二つの原理」

平井靖史(福岡大学)「ベルクソンの時間存在論―直接想起説と濃縮説について」(発表原稿(PDF)

増田靖彦(早稲田大学)「「神話」と「神秘」――ベルクソンとソレルにおける創造的なものの差異」


■第27回(2010年3月28日(日) 京都大学文学部 新館第七講義室)

天野恵美理(京都大学)「『物質と記憶』における移行する二重性について」

土屋靖明(東北大学)「Henri Gouhier,Bergson dans l`histoire de la pensee occidentale,Chapitre Premier,“Bergson et la culture classique”にみる lyceeの教育の様相について」

橘真一(大阪大学)「ベルクソンとシモンドン――個体化論比較からの一考察」


■第26回(2009年9月13日(日) 法政大学 市ヶ谷キャンパス 80年館 7階 丸会議室

清塚明朗氏(東京大学) 「空間直観と想像力」(仮)

平光哲朗氏(大阪大学) 「ベルクソンの哲学における縮約の概念について」

山田秀敏氏(中京学院大学) 「ベルクソン哲学と教養」


■第25回(2009年3月22日(日) 京都大学文学部(吉田キャンパス)新館 第一講義室)

北夏子(筑波大学)   ベルクソンにおける具体性について
杉山直樹(学習院大学)『笑い』という書物はいったい何をしているのか
谷口薫(四国大学)   知性・情動・意志――『道徳と宗教の二源泉』における知性をめぐって
三宅岳史(京都大学)・森元斎(大阪大学)『持続と同時性』をめぐる言説と研究――回顧と展望


■第24回(2008年9月14日(日) 東京大学(本郷キャンパス)法文一号館 115教室)

五十嵐雄二郎 本当にありがたいものについて―ベルクソンも知るところ―

伊東 俊彦  神秘家の経験は何を証明するのか

林 貴啓   ベルクソンの言語哲学


■第23回(2008年3月23日 京都大学文学部(新館)第6講義室)

竹内勇記 努力における価値と二元論の関係について

斉藤 尚 アンリ・ベルクソン『試論』にみる合理的な個人の仮定への批判について

土屋靖明 ベルクソンの恋愛観に関する試論─美的情動の様相として─

森元斎 同時性に関する一考察

合評会 戸島貴代志『創造と想起─可能的ベルクソニズム─』(理想社 2007年)

戸島貴代志

村山達也・清塚明朗(コメンテーター)


■第22回(2007年9月9日 法政大学80年館7階会議室)

清塚明朗  『物質と記憶』における拡がりと緊張について

谷口 薫 道具を製作する知性と「機械」の制作について

永野拓也 ベルクソンにおける操作と実在の認識

根田隆平 事実と現実 ──夢と覚醒の交錯する場所

合評会 守永直幹『未知なるものへの生成──ベルクソン生命哲学』(春秋社)

守永直幹

藤田尚志(司会) 平井靖史・荒谷大輔・檜垣立哉(コメンテーター)


■第21回(2007/03/25 大阪大学中之島センター2F講義室)

河口丈志  ドゥルーズにおけるベルクソニスム 潜在的共存とは何か

神山薫  笑い・無意識・社会

合評会 杉山直樹『ベルクソン 聴診する経験論』(創文社)

杉山直樹

檜垣立哉(司会) 上野修・平井靖史(コメンテーター)


■第20回(メルロ=ポンティ・サークル共催)(2006/09/18 学習院大学創立百周年記念会館)

西山晃生  ベルクソンにおける信の問題

藤田尚志  記憶の場所、場所の記憶 ──ベルクソンとメルロ=ポンティ──

東昌紀   「身体」が意味するもの──ベルクソンとメルロー=ポンティの遠さと近しさ

増田靖彦  生成としてのイマージュ

シンポジウム
伊藤泰雄  注意について ―マルブランシュ、ベルクソン、メルロ・ポンティを読みながら

檜垣立哉  ベルクソンとメルロ=ポンティにおける非人称的・前人称的領野の探求

村山達也  ベルクソンとメルロ=ポンティにおける歴史と主体性

川瀬雅也  自然と文化──メルロ=ポンティとベルクソン──※台風のため欠席、原稿配布


■第19回(2006/04/01 ウィル愛知(名古屋市)会議室6)

永瀬雅恵  ベルクソンの「情感」をめぐる思索的展開
──『直接与件』から『物質と記憶』へ──

内山智子  ベルクソンの知覚理論における物質の潜在的な領域について


■第18回(2005/09/23 大阪大学中之島センター2F講義室)

小菅貴明  純粋持続という神話

黒津宏倫  ベルクソンにおける「進化」について

長谷川琢哉  人間を巡って──リクールによるベルクソン──


■第17回(2005/03/12 慶応大学三田キャンパス北新館1F会議室)

若狭美緒 『試論』における言語の位置の問題──二種類の多様性の相補的関係をめぐって──

大矢靖之 『二源泉』における社会内の悪について

藤田英隆 ベルクソン『知的努力』における「動的図式」と「習慣」について

石井敏夫・平井靖史 記憶力活動のもう一つの「二形式」について


■第16回(2004/09/20 京都大学本部キャンパス文学部新館1F 第二講義室)

笠木 丈  人格の固有性と「開いた社会」──『試論』と『二源泉』

小野浩太郎 『物質と記憶』における知性の概念──知性に対する三つの視点と知的能力の拡張について──

村山達也  ベルクソンにおける「問題」の問題

山田秀敏  記憶の自動的全保存説について


■第15回(2004/03/29 学習院大学北二号館大会議室)

丹治隆宏  『試論』の美的感情について

伊東俊彦  ベルクソンにおける「無意識」について

神山薫   記憶論と「潜在性」観念

永野拓也  習慣の内在的批判-ベルクソンにおける自由と自動性


■第14回(2003/09/27 京都大学本部キャンパス文学部新館1F 第二講義室)

三宅岳史  ベルクソン哲学における分割と統合

高橋 靖  金振聲『ベルクソン研究』~韓国におけるベルクソン研究

杉山直樹  知性認識の正当化?

戸島貴代志 効率について


■第13回(2003/03/29 慶応大学三田キャンパス北新館1F会議室)

西山晃生  『物質と記憶』第一章における内部と外部の区別について

中富清和  ベルクソン哲学の可能性 -無と愛の哲学-

内山智子  ベルクソンにおける可能性の表象と自由な選択について

山田秀敏  ベルクソンにおける時間の推進力


■第12回(2002/09/28 大阪大学文学部)

荒谷大輔  捻れたイマージュ~イマージュ概念の権利的妥当性をめぐって

谷口 薫   ベルクソンにおける秩序生成の諸相

共同討議
合田正人・平井靖史訳『意識に直接与えられたものについての試論』(ちくま学芸文庫)をめぐって


■第11回(2002/03/23 慶応大学三田キャンパス北新館1F会議室)

永瀬雅恵   『直接与件』における多様性・持続・外的世界

伊多波宗周 行動の観点と方法論

柳沢 望   外在性、同時性、空間

石井敏夫   本質と偶然の〈あいだ〉


■第10回(2001/09/29 立命館大学末川記念会館)

平光哲朗  『物質と記憶』第1章における物質概念について

共同討議  『形而上学入門』のテキストから

合評会 石井敏夫『ベルクソンの記憶力理論』(理想社)

石井敏夫

平井靖史・杉山直樹(コメンテーター)


■第9回(2001/03/31 慶応大学三田キャンパス北新館1F会議室)

村山達也  持続と「私」

共同討議(1) 『試論』のテキストから

中根弘之  『物質と記憶』における身体の精神性

共同討議(2) 『物質と記憶』のテキストから


■第8回(2000/10/01 大阪大学待兼山会館)

東 昌紀  記憶の二形式と持続

小出泰士  持続の哲学から見た「呼びかけ」の思想

合評会 檜垣立哉『ベルクソンの哲学 生成する実在の肯定』(勁草書房)

檜垣立哉

根田隆平・中野康次郎(コメンテーター)


■第7回(2000/03/25 慶応大学三田キャンパス北新館1F会議室)

荒谷大輔  小説家としてのベルクソン

越門勝彦  ベルクソンにおける一般性の問題

柳沢望   モナド論からイマージュ論へ──ベルクソン講義録の一つの読み方──

杉山直樹  再認する生


■第6回(1999/9/25 同志社大学講武館)

小林照顕  ベルクソニスムにおける神の概念について

小関彩子  ベルクソンにおける自由と行為の問題──自我の二つの解釈を巡って

荒木秀夫  ベルクソン哲学の生成

山形頼洋  ベルクソンの持続と現象学の時間


■第5回(1999/3/27 法政大学大学院棟)

井上牧子  持続としての時間と身体の関係について

土屋靖明  ベルクソンとプロティノス――認識の問題に着目して――

増田靖彦  ドゥルーズ『シネマ』におけるベルクソニスムについて

三宅中子  ベルクソンの持続と恒常性──ヘラクレイトスやプラトンとの関わり


■第4回(1998/9/26 大阪大学待兼山会館)

藤江成夫  ベルクソンの記憶は個人的か?――アルプヴァクスのベルクソン批判に関して――

吉永和加  ベルクソンにおける生と他者

山形頼洋  ベルクソンのコスモロジー――生命と物質と愛――


■第3回(1998/4/4 東京大学学士会館分館)

谷口薫   ベルクソンにおける類的一般性と秩序の問題

平井靖史  <置換>・<展開>・<表現>──『試論』における差異の理論の諸相──

鈴木由加里 ベルクソンとギュヨーにおける道徳の原理について──ギュヨーにおける道徳の原理としての生命論

杉山直樹  「呼びかけ」のテーマについての覚え書き


■第2回(1997/9/28 立命館大学国際平和ミュージアム)

陀安広二  ベルクソンにおける感情について

中野康次郎 ベルクソンにおける道徳的価値の創造の問題

川瀬雅也  ベルクソンにおける身体と時間

伊藤淑子  ベルクソンの想像力論


■第1回(1997/4/4 江東区豊洲文化センター)

小出泰士  ベルクソン哲学における自我の構造 その1──「社会的自我」の役割

石井敏夫  「円錐形」の哲学について

河津邦喜  ベルクソンにおける意識と力

根田隆平  生の充溢と死の遍在――ベルクソン哲学における悪の問題――


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