ベルクソン哲学研究会ブログ

3月 29, 2014

ベル哲研in福岡

Filed under: Uncategorized — hiraiya @ 11:48 am

福岡開催、無事に終わりました。研究発表および質疑も充実した内容でした。

畑山さんの発表(「開く自由と閉じる社会の転形」)は、試論と二源泉と結びつけて、「創造的自由による価値の創発と、その社会へのフィードバック」のらせん的循環のメカニズムを、表層における「理性による法の定式化」と「習慣による行動内在化」を分節しつつ丁寧に描いており示唆的でした。会場から「超自然的」という表現についてや、試論的自由主体と二源泉的革命家の関係についてなど、建設的な質疑が多く出ました。

続いて小谷さんの発表(「ベルクソン哲学における自我と生命」)では、試論と創造的進化から、ベルクソンにおける自由の「主語・主体」を巡る問題が提出されました。生命を自由の主体とすると試論におけるような個人の自由の地位が脅かされかねないが、物質化の努力と個人的記憶の介在により、それは回避される、という趣旨。論の立て方も丁寧で明晰に思いましたが、ベルクソン的自由と責任の(無)関係について、記憶の語彙souvenir/mémoireについて、創造における知性の役割などについて、多様な質疑が展開されました。

途中、簡単な会議を開いて、次回世話人について伊東さん(相模女子大)に(次々回を村山さん(東北大)に)お願いすること、秋は日仏と同一週末に開催する案が了承されました。

小林さんの発表(「『物質と記憶』における知覚論と直観」)は、MMの純粋知覚論のうちに直観の理論を探る試みで、質的微積分の問題を知性による分解再構成と関係づけて論じていました。直観という用語に知覚と重なる用法があるのは以前から問題で、「実在」の意味などを巡って、質疑でも議論は続けられました。知覚が部分であれ実在に触れているなら、その実在を積分して得られる実在とはどういうことか。前者の論点は観念論・実在論の対立を乗り越えるためのMM1章の大きな掛け金で、われわれは知覚所与においてすでに現象ではなく実在に到達している、と。しかしそれは功利的に断片化されており、その曲がり角の向こうに遡行して(全体としての)実在を再構成する、ここに哲学の仕事がある。知覚と直観は、こうした問題系に関わっているという問題意識が共有されたのではないかと?

清塚さんの発表(「直観における形式性と実在性」)は、ベルクソンにおけるforme-matièreを、形式/内容、形相/質料、形態/物質などの意味の多層性を読みほぐしながら「形式を与える質料」「実在を発生させる作用」というアイデアの出所を探るものでした。持続が質的多様を「可能にしている」「形式」であるという論点、「それ自身を質料とする形式」という概念、形式と自己意識の関係、など質疑が相次ぎましたが、私(平井)には難解でしたので要約できません。ベルクソン解釈にとどまらず、さまざまな思想史的な連関についても思索を刺激する論述だったのではないかと思います。

 

 

でも写真がない。

カメラに残っていたのは研究会終わって、懇親会に移動するときの夕日。

全員参加の懇親会では、もつ鍋、刺身、天ぷら。

二次会ではダーツバーでフィーバーしてました。翌日は一部の人たちを太宰府・能古島にご案内いたしました(文責・平井)。IMG_6824

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3月 24, 2014

福岡大学内キャンパスマップ

Filed under: Uncategorized — hiraiya @ 12:29 am

当日キャンパス内で迷わないよう。

http://www.fukuoka-u.ac.jp/aboutus/facilities/map.html

画像では番号が小さくて見えづらいですが、会場となる2号館は中央図書館の右(東)隣です。

24F教室は、2号館4階にあります。エレベーターでお越し下さい。

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